
澄み切った空のもと、夏の余韻が残る日差しの中で、かすかに冷気をまとった風が駆け抜ける。20代半ばの私は会社の元同僚と六本木ヒルズで待ち合わせをしていた。
元同僚、と言っても彼も私自身もその会社を辞めていた。
彼は、一級建築士の資格の勉強のために半年前に会社を辞めていて、私は会社がもう嫌になって辞めた。
「よお。」ニヤニヤ笑いながら、彼が現れた。
それぞれの近況報告をしながら適当に歩き始める。行き先は決まっていない。
途中で、彼が通っていたという高校の近くの公園に立ち寄る。
「懐かしいな。」と彼が言った。
懐かしいかどうかは私にはわからない。残念ながらここに私の思い出はない。でもなんとなく居心地の良い公園だった。彼がいつも買っていたという弁当を買って食べる。
「こんな暇なことができるのも、今だからできるんだよな。もうこの先こんな時間はないかもしれない。」と私は言った。
公園をあとにすると、またあてもなく歩きだした。
「このまま進むと東京タワーに行けるな。」
ふと、彼は言った。
行き先が決まった。私たちは東京タワーに向かうことにした。
プータローズ
私たち二人を彼はそう命名した。思えば、私は小学校に入学してから今まで、いつもどこかに所属していた。学校、予備校、会社。その中で与えられた役目や目標を果たそうとした。
今は違う。私たちは何者でもなく、何の肩書きも、仕事もない、正真正銘のプータロー(無職)だ。
そして、まだ寝ていたいのに起きて会社に向かうことはなく、電話がとにかく長い、声の大きい職場の先輩に怒鳴られることもなく、何のためなのかわからない資料を言われるがままに延々と作る必要もなかった。
清々しい気持ちだった。未来に不安がないと言えば嘘になるが、圧倒的に清々しさが勝っていた。
プータローズと名付けたということは、これから先、プータローズではなくなるということでもある。彼はおそらく一級建築士に合格するし、私もまた何かを始めるだろう。
もしこの先、何かを背負いきれなくなった時、私たちはいつでもプータローズになれる。何者でもないことを認めた「プータローズ」という称号を、私は誇らしく感じた。誰の目も気にする必要なんかない。いつでも何度でもやり直せる。それがプータローズなのだ。
雲ひとつない空を東京タワーがまっすぐ突き刺していた。目的地に到着した私たちは再会の約束をしてそれぞれの帰路についた。

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