バズることと、デザインの関係について

「バズる」とはSNS(ソーシャルネットワークサービス=ツイッターやフェイスブック)などで、世間の話題を一気にさらうことを指します。

今回は、この「バズる」ことと「デザイン」の関係について考察したいと思います。
というのも、最近SNSで大きく話題になることやモノが生活に様々な影響を与えているなと痛感しているからです。

インターネットがデザインを変えた

例えば良い商品であるにも関わらず、既存メディアに取り上げられず誰も知る機会がなく全然売れなかったものが、ある日誰かがSNSで取り上げて大きく「バズり」たちまち売れた、なんて話はよく聞きます。

以前であれば、大きな新聞、テレビなどの関係者に認められなければ、大きく認知されるなんてことはありませんでした。
それが、昨今では、誰かがたまたま見つけたものがたまたま何かのきっかけで共感を呼べば、一気に認知される可能性があるのです。

尖ったアイテムの商品化

今までは、何か変なもの尖ったものであれば、会社の上司(大抵はおじさん)から「何がいいかわからない」と言われて商品化になりませんでした。そういったたまたま社会的責任の大きい人たちの一握りの意見だけで決まっていたものやサービスが、あらゆる人の意見を拾えるようになったと言えます。

例えばそれを具現化したものが、クラウドファンディングでしょう。クラウドファンディングでは、新しいサービスや商品が、それに共感した特別ではないたくさんの人たちによって支援され、次々と世に生まれいきます。

デザインであれば、今までは一部の名の売れたデザイナーだけが、いろいろな企業と組み、作品を発表することができました。それが今では、誰でもいつでもチャンスが用意されているのです。

もちろん、失敗するものもありますし、成功するものもあるでしょう。それでも発表の機会さえ持てなかった時よりも、明らかに可能性は広がっています。

私はインターネットがちょうど発達した時期に社会人となり、数年ごとに世の中の状況は大きく変わっていきました。こんな世の中になっているとは思ってもみませんでしたし、幸運なことだと思っています。

炎上するデザイン

バズることには良い面がたくさんあります。しかしもう一つの側面があります。「炎上」です。

炎上とは、ざっくり言うと、SNSやインターネット上で批判が集中することです。

良いものが広がるバズを光だとすれば、炎上は闇の側面と言えます。どちらも表裏一体の現象です。

例えば、人種差別的、男女差別的、性的だと避難される広告。一部のSNSで、その人個人の感性でかっこ悪いと言われ、その意見が広まってしまったファッションブランドなどです。

残念なことに、SNSでは、どうしても負の感情というのは広まりやすいという傾向があります。

喜びや楽しさより、怒りや憎しみの方が簡単に「バズり」やすいのです。

ずっと昔から炎上はあった

19世紀から20世紀はじめに活躍した画家グスタフ=クリムトは、今も人気のある画家で、どの絵も素晴らしいものばかりです。今みたらどうってことないんですけど、まあまあエロい絵を描いていたので、当時から結構批判されてたんですね。(ウィーン大学大講堂の天井画)

今クリムトを性的だと言って批判する人はほぼいないと思います。(いるかもしれませんが。)

この違いはどこから来るのかと言うと、もはや芸術かどうかというより、クリムトが100年以上前に死んでしまったし、揺るぎない評価が今あるからなんだと思いますが。

当時のクリムトが、炎上したからもうエロい絵辞めますなんてことになっていたら、今日の数々の素晴らしい作品は存在していなかったわけです。

おっと、待ってください。

私は決して差別的表現の広告等を擁護したりするつもりは一切ございません。

これだけは声高に申し添えておきます。炎上怖いです。

ですが、そういうことではなくて、例えば何かを表現する際に、過剰に周りに配慮しすぎることと、過剰に批判することはあまり良くないのではないかと考えるわけです。弱者救済や、利便性や、道徳的な観念、というのは非常に説得力があるのです。つまり否定しにくいことです。一方で美しさというのは、なかなか言語化しにくい部分があります。SNS上では文字のやり取りがベースにあって、道徳VSデザインみたいな構図に持ち込まれると、デザインは圧倒的に不利になります。本来意味がまったく違うことなので対立することではないはずです。

トレードオフ

よく、読まれるブログにデザインは必要ないと言う方もいらっしゃいますが、半分真実で半分真実ではないと思います。味が美味しければどんな店構えでもいいと言っているラーメン屋の主人です。それはたしかにある意味ではそうなのです。

ですが、文字を大きくするのだってデザインですし、読みやすくするのもデザインです。デザインが美観とか、カッコつけるためにあるという先入観からくるのかもしれません。

もしなにか不都合があるのであれば、それはデザインが美観を気にしすぎたからではなくて、「不都合を解決する美しさ」の可能性がまだ他にあるというだけです。カッコいいから不便、便利だからダサくてよいというような、トレードオフ(どちらかを成立させればどちらかが成立しない)ではないのです。

というのも、よくSNS上で話題にされるのが、デザインにこだわりすぎたからダメになった的な言い分が多いように思えたのです。こだわるもなにも必要なこととしてやるのがデザインで、そこには時間的、あるいは金銭的なコストが関わってくるので、うまく落とし所をつけるのもデザインの役目なのです。

どうしてもこだわる人はプロのデザイナーに頼めばいいということであって、自分でやるにしてもデザインは大事にするにこしたことはないのです。いかにもそれが無駄であるというような言い方はちょっと違うなって思うわけです。ケースバイケースです。

デザインとSNS

今SNSで、何か気に入らないデザインがあったとして、それを叩くというのは非常に簡単なことです。というのも、作ることより、批判することの方が圧倒的に簡単なので。圧倒的に簡単に優越感を感じられるわけです。一方デザインを作って世に出す方が圧倒的に困難なのにそういった声も受けなければならないのです。

もちろん何か批判があるというのは、何か問題があったり改善のヒントがあるかもしれないので、必要ならそれを分析する必要はあると思います。しかしそのひとつをもって、デザイナー自体が愚かだとか、今後この人には仕事を任せられないみたいな雰囲気を醸成することに違和感があります。

今まで素晴らしいデザインを数々作ってきたのに、多くの人はそれを知らず、負の感情である批判的な意見が殺到したときだけ初めてデザインを知り、そのデザイナーを吊るし上げるみたいなことが建設的とは思えないからです。

これはデザインに限らず、炎上全体に言えることだとは思いますが。

バズと炎上とデザインの寿命

最後にもうひとつ、バズること炎上することと、デザインの寿命についてです。

デザインにも寿命があります。100年以上変わらないデザインもあるでしょうし、1年ももたないデザインもあるでしょう。

時代の要求や技術革新などにより、整合性がとれなくなったときにデザインは寿命を迎えます。

一部の広告のデザインやイベント等の瞬間で消費されるコンテンツを除いて、例えばプロダクトや空間デザインというのは1ヶ月や2ヶ月で寿命を迎えるというのはあまりありません。そういった長い目でみる必要のあるデザインというのは、瞬間的な話題性より、長期的な視点で考える必要もあります。

ずっと使っていて感じる良さ、よくよく考えると良いデザインだったというのもあります。そういうデザインは、バズや炎上に大きく囚われすぎるのも、また良くないのではないかと思います。例えば、SNSで大きく話題にはなったけど、しばらくたって冷静に考えて、買うかといえば買わないという商品もあるでしょう。

いずれにしても、時と場合によってうまく距離をとって付き合っていければよいなと思います。なかなか思い通りにはいきませんが。

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トキトマデザインの代表です。デザイナー兼 WEBサイト運営 兼 バイヤー。現代美術とデザインと釜玉うどんが好き
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