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絵が上手く描けるようになるための5つの方法

誰しも一度は、絵が上手くなりたいと思うことがあるのではないでしょうか。絵が上手くなれば、何かを説明するときにも便利ですし、何かの形を作ろうと思ったときにも思い通りの形を作ることができるかもしれません。

絵が上手くなるためにはどうすればいいのか、私はずいぶん苦しんだ時期がありました。私より上手な人はもちろんたくさんおりますが、その苦しんだ時期に発見したことや、今思うことなどを共有できれば、少しでもお役に立てるかもしれないと思い、今回の記事を書くことにいたしました。

ちなみにアイキャッチ画像は私が最近描いた鉛筆デッサンです。(リンゴとバナナ :所要時間 約1時間)

今回この記事を書くにあたり、そもそもどんな絵を描くんだというツッコミが入るに違いない、と思いまして…。ちゃんとデッサンをするのはだいぶ久しぶりなのですが、いい勉強になりました。

ポイントとしては、だいたい60分くらいで描いたのですが、リンゴを主役にしたいのでリンゴに45分、バナナに15分くらいの時間配分で描いています。リンゴの中心よりやや上側に張りのある特徴的な丸っこい形のボリュームと、ヘタの部分の複雑な形、つぶつぶを含めたリンゴの模様、バナナは大きな形であるいくつかの「面」の流れと、「黒い染み模様」が特徴ですので気を付けました。仕上げてからあらためて見ると、ここはこうした方がよかったと思うことは多々あるのですが、無限に時間を費やしてしまいそうなので一旦完成といたします…。え?違いますよ…!い、言い訳じゃないですからね!

まだまだ未熟な点もありますが、良くも悪くもこのレベルの絵を描く人の記事と思って読んでいただければと思います。

(実はこの絵の前に1枚、リンゴを描いて納得いかなかったのでやり直したのはナイショです!)

 

1.よく観察して、手だけ動かすのはやめる。

「描くこと」とはすなわち「観察すること」です。
観察して見つけ出したことを画面に描けば、自ずとリアルになっていきます。
逆に、よく観察せずに手だけ動かせば、それは描きたい対象から遠ざかるだけの作業になってしまいます。
そんな時は手を止めて、何がそれを形作っているかをよく考えて観察すると上手くいきます。

絵を習い始めるとこれはよく言われることなのですが、じっと見つめたら観察してることになるわけではなくて、現実のモチーフと比べて画面の中で「何かウソをついていないか?」と問いただすことが「観察」です。

まず最初のうちは、なにも考えずに近づけていくことだけを考えれば良いと思います。そのうち、やるべきことが多すぎるということで、無限に時間が必要になり、それを整理する必要がでてくるのですが、おそらくその段階まで来る頃には相当上達しているはずですので、最初のうちはそこまで考えなくてもいいかもしれないな、と思います。

あと、「描き進め方」についてですが、影から描き始める、とかあたり線をつけるとかつけないとか、量を意識しながら、とかいろいろ方法はあるのですが、ここにこだわる必要は全くありません。好きな進め方でいいと思います。「進め方」にハマるとめっちゃ悩むことになります。

2.思い込みを捨てる。

例えば輪郭線について。
アニメや漫画の世界ではある輪郭線(背景と物の間にある黒い線)は現実の世界ではありません。
ただ、明暗の差があるだけなのです。
なぜアニメや漫画に輪郭線があるかというと、単純化しているからです。
そうしないと分かりにくくなりますし、制作時間も膨大にかかります。ただ一部を除いた3DCGアニメの場合は輪郭線はありませんよね。
(ちなみに、「君の名は。」の新海誠監督のアニメ映画「言の葉の庭」ではなるべく従来のような輪郭線を用いずに描いているそうです。めっちゃ大変そう。)

絵に輪郭線は必要ないということではなく、なぜそれがあるのかわからないまま、
他の作品がそうしているからといって、思い込みで絵を描くとリアルではなくなります。

(ちなみにデッサンであっても輪郭線をあえて描くことはあるのですが、描かない方が最初はわかりやすいかもしれないな、と個人的には思います…。私は今回みたいに短い時間で描くとなったときに省略して描くことはあります…。)

ゾウの脚は想像だと短く描きがちですが、実は長いのです。これも一つの思い込み。悪い例として描かれたものは、そういう絵はそういう絵として一概に悪いとも限らないのですが…。

3.上手く描こうとしない。

え?上手く描こうとしてるのに上手く描こうとしてはいけないなんて!?
なんとも逆説的で禅問答のようなのですが、これがなかなかそうなのです。
なぜそうなのかというと上手く描こうとすればするほど、対象を観察しなくなるからなんです。
表面上のテクニックを追うあまり、本当に伝えたいことが見えなくなるというなんとも皮肉な結果となるわけです。
彼女に野球でいいところ見せようとして三振する、みたいなことでしょうか(ちょっと違う?)

4.上手い人の「描き方」を真似をしない。

人は必ず誰かから影響を受けますし、真似したつもりがなくても似てしまうことはよくあります。ただ何も考えずに上手い人の絵を真似するということは、その人の「フィルター」(デフォルメや簡略化)を通してしまうということにもなります。その「フィルター」はその人にとっては意味のあるものであっても、違う人からすると真に理解することは困難でしょう。それが歪んだフィルターを作り、良くない効果がでることもあるのではないでしょうか。そしてもし間違ってしまったフィルターであれば応用も効きません。人物は描けるけど、動物や風景は描けないということにもなりかねません。それでは絵が上手くなったとは言えないと思うのです。真似をするのなら、「描き方」ではなく「どのように観察しているか」を真似したほうが良いのです。

ただ私もこのようなきれいごとを言われても、いやいや描けないから困ってるんだよ!って思ってました。

デッサンの名人であった印象派の画家、エドガー=ドガはかつて「デッサンはフォルム(形)ではない、フォルムの見かたなのである」と言ったそうです。

つまり、描く人の心を通して現実を表現するということなのです。そこに他人の心や技術が入る余地はないわけです。テクニックに答えはない、のです…。言葉でわかっていてもこれがなかなか理解が難しいのは私も本当にそこで悩みましたし今でも悩んでいるんですが。

5.実は絵は上手くなくてもいい。

もう!なんなの!?タイトルと全然違うこと言ってるじゃない?返してよ!?私の時間返してよ!?

と思われるかもしれません…。そう思われたなら申し訳ないです。

でも実は絵は上手くなくても良いのです。

それについては前回のブログの「世界で一番美しい絵画とは?」に書いていますのでもしよろしければ一度お読みください。良い絵とは上手い絵である必要がなく、意識的にせよ意図的ではないにせよ形がコントロールできないからこその面白さ、今までの常識にとらわれずに自由に描くからこその面白さがあることが往々にしてあるのです。ただしこれは絵が下手なことの免罪符ではなく、「絵が下手で、かつ面白くない絵」ということも残念ながら存在しますので、何でもかんでも下手だから良いというわけでもないのですが…。上手いからダメということももちろんありません。ただその技術を過信して、本当の絵の良さを失ってはいけないのです。

絵が上手くなるということは選択の幅を増やすことになります。ですが、必ずしもリアルなものだけが良いとも限りません。だから「実は絵は上手くなくてもいい」ということなのです。

他の人のすごくよくできた作品を観ると、到底敵わないと思うことが私はしばしばあるのですが、絵の上達に関しては終わりがなくて、どこまでも突き詰められるものだとは思います。ですが「自分なりの良さ」(それは絵に限らずですが)に到達するためには、その「上手」かどうかは、一つの側面であるということを忘れてはいけないと思っています。ですので他人と比較するのはあまり意味がないことかもしれません。もちろんただただ上手で美しい絵を描くということも一つの素晴らしい価値だと思いますが。

今回、要点を絞って絵が上手くなる方法の記事として書かせていただきましたが、野球の本を読んですぐに野球がうまくならないように、絵も十分に練習することでしか上手くなりません。

ですがすべての人がそれだけの時間をかけて絵を描くことは不可能ですし、どういった絵が描きたいかにもよるかと思います。もし上達したいという場合は、それぞれの人のペースで、絵が描ければよいのではないでしょうか。

最後まで書き終えて気が付いたんですが、この記事はきっと過去の自分に向けて書いていたのかもしれませんね。あの時の私は絵が思うように描けなくて悩み苦しみ、いつまでも不安でした。

もし同じように悩んでいる方が一人でもいて、そして何かのヒントになったのなら嬉しく思います。

(そして今のデザインがこれです。↓ 描写どこいったのか…?)

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トキトマデザインの代表です。デザイナー兼 WEBサイト運営 兼 バイヤー。現代美術とデザインと釜玉うどんが好き
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