江戸のイケメン図鑑!歴史を動かした美男子たちの面白エピソード

江戸時代といえば、ちょんまげを結い刀を差したお侍さんの姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、当時の人々も現代の私たちと同じように、容姿端麗な男性に心をときめかせ、熱烈な声援を送っていました。現代の言葉を借りれば、江戸時代にも凄まじい熱量を持った「推し活」が確かに存在していたのです。
今回は、当時の女性たちを熱狂させ、時には歴史の歯車をも動かしてしまった江戸時代のイケメンたちをご紹介します。
熱狂的ファンを生んだ天保期の歌舞伎役者
江戸時代におけるエンターテインメントの最高峰といえば、何といっても歌舞伎です。中でも、江戸時代後期の天保期に活躍した「八代目 市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)」は、歴史に名を刻むほどの絶世の美男子として知られていました。
彼の人気は凄まじく、舞台に姿を現すだけで観客からは割れんばかりの歓声が沸き起こりました。現代のファンがアイドルのグッズを買い求めるように、江戸の女性たちも彼に関連するアイテムをこぞって手に入れたといいます。
驚くべきは、その熱狂の度合いです。彼が舞台で汗を拭った手ぬぐいや、使用した鼻紙までもが飛ぶように売れたという記録が残っており、その人気ぶりは現代のトップアイドルすら凌駕するほどでした。
将軍の奥向きを揺るがした禁断の美男子
次にご紹介するのは、江戸時代中期の歌舞伎役者「生島新五郎(いくしましんごろう)」です。彼は色気漂う演技と艶やかな美声で、多くの女性ファンを虜にしました。
その魅力は、男子禁制の場であり、将軍の奥向きを取り仕切る女性たちが暮らす「大奥」の壁さえも越えて届いてしまいます。大奥で高い地位にあった絵島(えじま)という女性が、新五郎の舞台を観劇したことで、彼の大ファンになってしまったのです。
二人は密会を重ね、やがてそれは江戸幕府を揺るがす大スキャンダルへと発展しました(※注1)。これが幕府の公に知れるところとなり、最終的には関係者1,500人が処罰されるという、江戸時代最大級の事件「絵島生島事件」を引き起こします。一人のイケメンが放つ魅力が、国の政治の中枢を根底から揺るがしてしまったという、まさに映画のような実話です。
多趣味でスマートな最後の将軍
歌舞伎界だけでなく、支配階級であるお殿様の中にも屈指のイケメンが存在しました。江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)です。幕末という激動の時代を駆け抜けた彼は、当時の写真が現存しており、その端正で知的な顔立ちは現代の俳優としても十分に通用するほどです。
慶喜はルックスが優れていただけでなく、非常に多趣味で知的好奇心が旺盛な人物でもありました。当時としては最先端の趣味であったカメラを使いこなして自ら写真を撮影したり、油絵に没頭したりと、その感性は極めてモダンでした。また、武術の面でも手裏剣術の達人として名を馳せ、その道の専門家たちの中でも指折りの実力者であったと伝えられています。
そんな彼の人間味あふれるエピソードが、食の好みです。肉食の習慣がまだ一般的ではなかった時代に、慶喜は大の豚肉好きでした。そのため、陰では「豚肉好きな一橋家の人」を意味する「豚一様(ぶたいちさま)」というあだ名で呼ばれていたそうです。クールで知的な将軍が、実は豚肉をこよなく愛していたという事実は、現代でいうところの「ギャップ萌え」を抱かせます。
歴史を動かす情熱は今も昔も変わらない
歴史の教科書を眺めていると、江戸時代の人々はどこか真面目で堅苦しい生活を送っていたように感じるかもしれません。しかし、美しい男性に胸を躍らせ、関連グッズを集め、好物の肉料理に舌鼓を打つその素顔は、現代に生きる私たちと驚くほど似通っています。
「イケメン」という切り口から歴史を見つめ直してみると、教科書の中の人物たちが急に生き生きと動き出し、不思議な親近感が湧いてくるものです。こうした意外なエピソードを知ることで、歴史の学びはより一層楽しいものへと変わっていきます。博物館に足を運んだり時代劇を鑑賞したりする際にも、当時の人々の熱狂に思いを馳せてみると、きっと新しい発見に出会えるはずです。
補足事項
- ※注1: 実は密通は冤罪であり、門限遅れを口実に大奥内の権力闘争(月光院派と天英院派の対立)に利用された政治的事件だったという説が有力です。
主な参考資料
- PHP研究所『WEB歴史街道』「絵島生島事件とは~大奥最大のスキャンダルの真相」
- 小学館『和樂web』「将軍に愛されなかったら一生禁欲?『大奥』禁断の恋愛と大スキャンダル」
- 書籍『徳川慶喜のすべて』小西四郎編(新人物往来社)
- Wikipedia「江島生島事件」
- Wikipedia「徳川慶喜」