泥棒店員からお店を守れ!世界初のレジスター誕生秘話と船のプロペラの意外な関係

現在、スーパーやコンビニなど、どこに行っても必ず見かける「レジスター(キャッシュレジスター)」。店員さんがバーコードを読み取ったり、私たちが自分で画面をタッチしてお会計をしたりする、あの機械です。
では、この便利な機械がいったい誰によって、どんな理由で発明されたかをご存知でしょうか。実は、その裏には「お店の売り上げを勝手に自分のポケットに入れてしまう困った店員たち」と、それに頭を抱える店主との知恵比べの歴史がありました。
今回は、1879年に開発に着手し、のちに特許を取得することになるジェームズ・リッティの、驚きとひらめきに満ちた世界初のレジスター誕生の物語をご紹介します。
お店は満員なのに、なぜかお金が貯まらない?ある店主の悩み
19世紀の後半、アメリカのオハイオ州デイトンという町に、ジェームズ・リッティという男性がいました。彼は町で人気の酒場(サルーン)を経営していました。お店は連日大繁盛で、お客さんが次から次へとやってきては、お酒や食事を楽しんでいました。
ところが、リッティには大きな悩みがありました。お店には人があふれ、お酒もどんどん売れているのに、なぜか金庫の中のお金が少ししか増えないのです。
原因はすぐにわかりました。なんと、雇っていた店員の中にお店の売り上げをごまかし、こっそり自分のポケットに手品のように入れてしまう人がいたのです。「1杯分はお店の金庫へ、もう1杯分は僕のポケットへ……」といった具合です。これでは、いくらお店が繁盛してもリッティの儲けにはなりません。
どうすれば店員の不正を防ぎ、正しい売り上げを管理できるのか。リッティの頭の中は、そのことでいっぱいになってしまいました。
船の旅で見つけた大ヒント!プロペラとレジスターの意外な関係
悩みすぎてすっかり疲れ果ててしまったリッティは、ヨーロッパへ船の旅に出ることにしました。一説によれば、この旅は神経衰弱に陥った彼の健康回復のためだったと言われています。しかし、広い海の上でも「どうすればお金をごまかされないか」と考えてばかりです。
そんなある日、彼は船の機関室(エンジンルーム)を見学させてもらうことにしました。そこで、ある奇妙な機械に目を奪われます。それは、船のスクリュープロペラが「何回回転したか」を正確に数えるためのメーターでした。プロペラが回るたびに、カチャ、カチャと数字が正確に増えていく仕組みです。
その瞬間、リッティの頭に雷が落ちたようなひらめきが走りました。
「これだ!プロペラの回転を数える機械があるなら、お店に入ってきたお金の金額を数える機械だって作れるはずだ!」
お金の計算に悩んでいた酒場の店主が、海のど真ん中で船のプロペラから世紀の大発明のヒントを得たのです。
その名も「絶対に不正をしないレジ係」!チーンと鳴る音の秘密
旅行から急いで帰国したリッティは、機械に詳しい弟のジョンと一緒に、さっそくお金を数える機械の開発に取りかかりました。そして1879年、ついに世界初となるキャッシュレジスターを完成させ、1883年には正式に特許を取得します。
彼らはこの機械に「リッティの絶対に不正をしないレジ係(Ritty's Incorruptible Cashier)」という、少し長くてとても強そうな名前をつけました。
一部の初期型モデルには、時計の文字盤のようなものがついており、金額のボタンを押すとその数字が表示される仕組みになっていたと言われています。さらに後の改良モデルでは、引き出しが開くときに「チーン!」と大きな音が鳴るベルが取り付けられたとされています。
実はこのベルの音こそが、泥棒店員を防ぐ最大の武器でした。
「チーン!」と鳴れば、お店の中にいる全員が「あ、今レジが開いたな」と振り向きます。店主のリッティも、奥の部屋にいて「今お会計をしているな」とわかります。みんなの注目が集まる中で、こっそりお金をポケットに入れる勇気のある店員はいません。
このベルの音は、ただの心地よい音ではなく「みんなが見ているぞ!」という強力な防犯ブザーの役割を果たしていたのです。
発明家よりも、やっぱりお店が好き!権利を売却したリッティのその後
見事に「不正をしない機械」を作り上げたリッティですが、ここでまた別の問題が発生します。レジスターの噂を聞きつけた他のお店の人たちから「うちにもその機械を作ってくれ!」と注文が殺到してしまったのです。
リッティはレジスターを作る会社を立ち上げましたが、根っからの酒場好きだった彼にとって、工場で機械を作り続ける毎日はあまり楽しいものではありませんでした。「私はやっぱり、お店でお客さんと楽しく話している方が好きだ」と考えたリッティは、あっさりとレジスターの特許を他の人に売ってしまいました。
その後、この権利はジョン・H・パターソンという実業家の手に渡ります。パターソンが買収し、経営を引き継いだ会社(現在のNCR社)によって、レジスターはさらに便利に改良され、世界中のお店に広まっていくことになります。
一方、権利を売って大金を手にしたリッティはどうしたでしょうか。一説によれば、彼はその売却益も活用して「ポニー・ハウス」という新たな酒場をオープンさせたとも考えられています。自分が本当にやりたい仕事を心から楽しみ、幸せな生涯を送ったそうです。
100年以上経った今も生き続ける「お金を正確に守る」という情熱
ジェームズ・リッティが最初のレジスターを発明してから、100年以上の長い時間が過ぎました。現在のお店にあるレジスターは、歯車ではなくコンピューターで動き、チーンというベルの音の代わりに電子音が鳴り、現金だけでなくクレジットカードやスマートフォンでも支払いができるように進化しました。
形や仕組みはすっかり変わってしまいましたが、機械が果たしている役割は発明されたあの日から変わっていません。「お店のお金を正確に記録し、不正を防ぎ、信用を守ること」です。
買い物をするとき、レジから聞こえる「ピッ」という音や、おつりが出てくる引き出しの音を聞いたら、ほんの少しだけ、オハイオ州の悩める酒場の店主と、彼を救った船のプロペラのことを思い出してみてください。日常の何気ない風景の中に、人々の知恵と面白い歴史が隠されていることに気づくはずです。