200年前の大炎上?マリー・アントワネットと現代SNSの意外な共通点

SNSの炎上とフランス王妃の意外なつながり
スマートフォンを開けば、連日のように誰かがバッシングを受け、いわゆる「炎上」状態にある光景を目にします。失言の切り取りや不確かな噂の拡散、そして大勢の人々による容赦のない追及。こうした現象は、一見すると現代のインターネット社会特有のものに思えるかもしれません。
しかし歴史を紐解いてみると、インターネットもスマートフォンも存在しなかった200年以上前のフランスで、現代のSNS炎上と驚くほど似通った現象が起きていました。その最大の標的となった人物こそ、フランス王妃マリー・アントワネットです。
豪華なドレスに身を包み、贅沢の限りを尽くしたというイメージが定着している彼女ですが、実は現代の私たちが直面している「情報社会の罠」にはまった、最初期の大きな犠牲者の一人でもありました。激動の歴史と現代のSNS、二つの世界をつなぐ意外な共通点を探っていきましょう。
あの有名な言葉はフェイクニュースだった
マリー・アントワネットといえば、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」という台詞を思い浮かべる人が多いはずです。国民が飢えに苦しんでいる時に、そんな世間知らずな放言をした冷酷な王妃。この一言は、彼女のマイナスイメージを決定づけるものとなりました。
ところが、近年の歴史家たちの研究によって、彼女が実際にこの言葉を発したという証拠はどこにもないことが判明しています。
もともとこのエピソードは、哲学者のジャン=ジャック・ルソーが記した自伝『告白』の中に、「ある立派な王女」の言葉として登場したものでした。「王妃」ではなく「王女」と記述されている点も重要な事実です。さらに、ルソーがその執筆に励んでいた当時、マリー・アントワネットはまだ幼い子供であり、フランスへ嫁いでさえいませんでした。つまり、ルソーの著作にあったエピソードが、後になってから悪意を持って、あるいは誤って彼女の発言として結びつけられてしまったのです。(※注1)
これは現代のSNSで頻繁に見られる、発言の一部を切り取って悪意あるテロップを添えたり、誰かの発言を別人のものとして拡散させたりする「フェイクニュース」と全く同じ構造です。一度広まってしまった刺激的な情報は、後にどれほど否定しても訂正が極めて難しいという教訓を、私たちはここから学ぶことができます。
怒りを拡散させる18世紀のSNS
現代の炎上は、X(旧Twitter)や動画サイトの拡散機能を通じて、瞬く間に世界中へ波及します。では、通信技術のなかった時代、いかにしてマリー・アントワネットの悪評は国中に広まったのでしょうか。
その役割を担ったのが、「パンフレット」と呼ばれた安価な印刷物でした。当時のフランスでは、王室のゴシップや政治への不満を書き連ねた数ページほどの小冊子が、街角で大量に配布・販売されていました。
こうしたパンフレットにおいて、内容が事実であるかどうかは二の次でした。どれだけ人々の怒りや関心を煽り、購買意欲をそそるかが最優先されたのです。過激な内容であればあるほど売れ行きが伸びるため、王妃に関する根も葉もない噂や、醜悪に描かれた風刺画が次々と世に送り出されました。
現代のSNSにおいても、イェール大学の研究などにより「道徳的な怒りを表す投稿は増幅・拡散されやすい」ことが科学的に実証されています。怒りや悲しみといった強い感情を刺激する投稿は、アルゴリズムによって優先的に表示され、より多くの人に拡散されやすいという特徴があります。18世紀の印刷メディアも現代のアルゴリズムも、「人々の感情をあおることで情報が爆発的に広がる」というメカニズムは、驚くほど似通っているのです。
悪いイメージが独り歩きする恐ろしさ
SNSの炎上が過熱すると、対象となった人物の過去の些細な行動までが掘り返され、「この人は元々悪い人だったのだ」という極端なレッテルを貼られてしまうことがあります。現代ではキャンセルカルチャーとも呼ばれる現象ですが、マリー・アントワネットもまた、この強力なレッテル貼りの被害者でした。
その象徴的な出来事が「首飾り事件」です。これは王妃の名を騙った詐欺師が、極めて高価なダイヤモンドの首飾りを騙し取った事件です。1786年に行われた刑事裁判の結果、マリー・アントワネットは法的に無罪とされました。一部の歴史家の間では彼女の関与の程度について今なお議論が残っているものの、少なくとも彼女が主犯格ではなかったことは明らかになっています。
しかし、世間の人々は「あの贅沢好きな王妃ならやりかねない」と信じ込み、彼女への非難が止むことはありませんでした。日々のフェイクニュースによって植え付けられた「悪女」というパブリックイメージが独り歩きし、真実を完全に覆い隠してしまったのです。
さらに、彼女の「浪費」そのものもイメージによって大きく増幅されていました。当時のフランス財政破綻の真の原因は、アメリカ独立戦争への巨額の軍事援助や、特権階級の免税制度といった構造的な欠陥にありました。実際、王室費全体が国家予算に占める割合はわずか6%程度であり、マリー・アントワネット個人の支出が国を傾けるほど決定的なものではなかったことが現代の研究で示されています。それでも彼女は「赤字夫人」というあだ名で呼ばれ、国民のすべての苦しみの元凶として祭り上げられました。
一度定着してしまった悪いイメージは、どれほど事実を並べて否定しても、人々の意識から簡単に消し去ることはできません。これはまさに、現代のインターネット上で炎上に直面した人々が突きつけられる、残酷な壁と同じものと言えるでしょう。
歴史に学ぶ情報との正しい付き合い方
マリー・アントワネットを襲った悲劇を振り返ると、情報というものがどれほど強大な力を持ち、時にひとりの人生を根底から狂わせてしまうかが浮き彫りになります。
現代に生きる私たちは、誰もが情報を発信し、瞬時に拡散できる強力なツールをポケットに入れて持ち歩いています。だからこそ、画面の向こうから流れてくる情報をうのみにする前に、一度立ち止まる姿勢が不可欠です。
その発言は本当に本人のものか、前後の文脈が恣意的に切り取られてはいないか、あるいは誰かが意図的に怒りを煽ろうとしていないか。ただ疑うのではなく、冷静な眼差しで情報を精査することが大切です。200年前のフランスで起きた出来事は、情報が氾濫する現代社会を生き抜くためのリテラシーの重要性を、私たちに力強く訴えかけています。
- 資料名: 公園にいるマリー・アントワネット
- 出典/所蔵: The Met
- ライセンス: CC0 / Public Domain
【資料解説】
エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブランが1780年から81年頃に制作した、公園に佇むマリー・アントワネットの素描。黒と白のチョークで繊細に描かれたこの作品は、フランス革命前の華やかな宮廷文化を背景に、王妃の優雅な一面を静かに伝えます。
補足事項
- ※注1: ちなみに、この言葉の本当の起源については、ルイ14世の妃であったスペイン王女マリー・テレーズ・ドートリッシュの言葉だとする説(ルイ18世の回想録などで言及)など諸説あり、現在も確定していません。
主な参考資料
- YaleNews: How social media amplifies moral outrage(イェール大学によるSNS上の道徳的怒りの増幅に関する研究)