交差点の安全性を劇的に変えた、ギャレット・モーガンの「三つ目の合図」

車と馬と人が入り乱れる1920年代の交通事情
毎日当たり前のように見上げている交通信号機。青、黄、赤の順番で点灯し、私たちを安全に導いてくれます。しかし、もし信号機に事故を防ぐための「間(時間)」がなかったらどうなるでしょうか。今回は、交差点の平和に大きく貢献した発明家、ギャレット・モーガンと、彼が作った「三位置式交通信号機」の物語をご紹介します。
時計の針を1920年代のアメリカに戻してみましょう。この頃の街中は、現代の私たちが見たら思わず目を疑うような光景が広がっていました。最新の自動車、荷物を引く馬車、自転車、そして歩行者が同じ道路を我が物顔で行き交っていたのです。エンジン音と馬のいななきが混ざり合う、まさにカオスな状態でした。
もちろん、当時も交通信号機は存在しました。しかし、それは「進め(Go)」と「止まれ(Stop)」の二つの合図しかない、とてもシンプルなものでした。
ここで少し想像してみてください。「進め」の合図で気持ちよく交差点に入った瞬間、いきなり「止まれ」に切り替わったらどうなるでしょう。自動車は急ブレーキを踏んで後ろの車に追突され、馬は驚いて立ち上がり、交差点の真ん中はパニック状態です。当然のように、交差点では事故が多発していました。
目の前で起きた大事故と画期的なひらめき
オハイオ州クリーブランドに住んでいた発明家、ギャレット・モーガンも、この危険な交通事情に頭を悩ませていた一人です。
ある日のこと、モーガンは交差点で自動車と馬車による非常に痛ましい衝突事故を目の当たりにします。二つの合図が突然切り替わることで、交差点を通り抜ける時間も、ブレーキを踏む心の準備をする時間もなかったことが原因でした。
「いきなり『止まれ』と命令するからぶつかるんだ。合図が切り替わる間に、安全を確保する時間があれば、事故は防げるはずだ」
段階的な停止を促す仕組みは当時、他の都市や発明家たちも模索していましたが、彼のこの着眼点は、新たな信号機の開発を大きく前進させることになります。
手回しハンドルがもたらした「全方向止まれ」という間
1923年、モーガンは新しいタイプの信号機を完成させ、特許を取得しました。それが「三位置式交通信号機」です。
現在の電気で光る信号機とは少し見た目が異なり、アルファベットの「T」の字をした背の高い柱のような形をしていました。内部のクランクを手で回すことで、看板のような表示が物理的にパタパタと切り替わる仕組みです。
彼が発明した信号機には、これまでの「進め」と「止まれ」に加えて、第三の合図が用意されていました。それが「全方向止まれ(All Stop)」という合図です。
交差するすべての道に対して一旦「止まれ」を指示することで、交差点の中に取り残された車や馬車が安全に通り抜けるための「間(時間)」を作ったのです。現在の黄色信号は進行中の車両に注意と減速を促す役割を持っていますが、モーガンの仕組みは交差点全体の動きを一時的にリセットするものでした。機能そのものは現在と異なりますが、この「ちょっと待って」の時間が生まれたことで、交差点での衝突事故は劇的に減少することになります。
諸説ありますが、彼の手を離れたこの特許は、のちにゼネラル・エレクトリック社などの大手企業へ約4万ドルで売却されたと伝えられています。そして彼のアイデアは、のちに世界中に普及していく電気式信号機の発展に大きく貢献する技術の一つとなりました。
人の命を守り続けた発明家の精神
ギャレット・モーガンは、信号機のほかにもう一つ有名な発明をしています。それは、有害な煙などから身を守るための「安全フード」、つまり現代のガスマスクの原型です。1916年に地下トンネルで爆発事故が起きた際、彼は自ら発明した安全フードを被り、粉塵爆発後の煙や一酸化炭素が充満するトンネルに入って多くの作業員を救出しました。
交通信号機であれ、ガスマスクであれ、モーガンの発明の根本にあったのは「人々の命を危険から守りたい」という強い思いでした。
私たちが今日、安心して交差点を渡ることができるのは、100年以上前に一人の発明家が安全な「間」の重要性に気づき、形にしてくれたおかげです。次に信号待ちをするときは、青と赤の間で光る黄色いランプを見上げながら、ギャレット・モーガンの思いやりに少しだけ感謝を向けてみるのも良いかもしれません。