世界中の命を救った「カチャッ」の魔法!ニルス・ボーリンと3点式シートベルトの秘密

航空機の安全技術を陸へ!ニルス・ボーリンの挑戦
車に乗ったら必ず締めるシートベルト。そのおなじみの「3点式シートベルト」が、いつ、誰によって作られたか考えたことはありますか。
実はこの身近な安全装置は、スウェーデンの天才エンジニア、ニルス・ボーリンの手によって生み出されました。
1950年代までの車にもシートベルトは存在していましたが、当時は自動車やバスなどで広く使われていた、腰だけを固定する「2点式」と呼ばれるものが主流でした。しかし、これには大きな問題がありました。事故で強い衝撃を受けると体が前方に大きく曲がってしまい、ハンドルやダッシュボードに頭をぶつけたり、腹部を強く圧迫してしまったりと、かえって危険な場合があったのです。さらに、装着するのも面倒だったため、誰も好んで使いたがりませんでした。「安全のために窮屈に縛られるか、危険を承知で快適に座るか」という、あまり嬉しくない二択だったわけです。
そんな中、スウェーデンの自動車メーカーであるボルボが立ち上がります。交通事故による死傷者の増加という社会問題に対し、企業として強い危機感を抱き、「もっと安全な車を作らなければ」と決意したのです。そこで白羽の矢が立ったのが、ニルス・ボーリンでした。彼は元々、航空機メーカーのサーブで、パイロットを守る安全ハーネスなどのシートシステム設計に携わっていたプロフェッショナルです。こうして彼は「空の安全」から「陸の安全」へと、活躍の場を移すことになりました。
片手で装着完了!天才的な「V字」のひらめき
戦闘機のパイロットは、5点式や6点式といった、体をガチガチに固定する厳重なハーネスをつけています。しかし、日常的に車に乗る人々が、スーパーに買い物へ行くためだけにレーサーやパイロットのように何重ものベルトを締めるのは現実的ではありません。ボーリンが目指したのは、「しっかりと安全を守りつつ、誰でも簡単に締められる」シートベルトでした。
そこで彼が思いついたのが、肩から腰にかけて斜めに掛けるベルトと、腰の横をピシッと押さえるベルトを組み合わせた「V字型」のデザインです。この構造なら、衝突したときに人間の頑丈な骨格である肩と骨盤でしっかりと衝撃を受け止めることができます。
しかも素晴らしいのは、その手軽さです。シートの横から引き出し、反対側の金具に差し込むだけ。片手で簡単に装着できるという画期的なシステムでした。1958年、この3点式シートベルトを搭載したボルボの車が発表され、翌年のモデルから標準装備されることとなり、自動車の歴史が大きく変わることになります。
特許の無償ライセンス開放という歴史的決断
ここでボルボとボーリンは、歴史に残る素晴らしい決断を下します。
通常、これほど画期的な発明をすれば、特許を厳重に守り、「自社の車だけの特別な安全機能です。他社が使いたければ特許料を支払ってください」と独占したくなるのがビジネスの常識です。
しかし、ボルボは違いました。「人の命はお金には換えられない」と考え、なんとこの3点式シートベルトについて、特許使用料を求めず、他の自動車メーカーにも無償でライセンスを開放したのです。「どうか皆で使って、交通事故から人々の命を守りましょう」というわけです。この利益を度外視した決断のおかげで、あっという間に世界中の車に3点式シートベルトが普及することになりました。
毎日のドライブに潜むヒーローと安全への願い
その効果は絶大でした。ボルボの推計によれば、3点式シートベルトは発明されてから現在までに、世界中で100万人をはるかに超える命を救ってきたと言われています。交通事故による大怪我を減らし、誰もが安心してドライブを楽しめる社会を作る大きな原動力となりました。
一説によれば、この3点式シートベルトはドイツの特許機関から「人類に大きく貢献した重要な発明」の一つに選ばれたとも言われており、歴史的な数々の大発明と肩を並べるほどの高い評価を受けています。
私たちが毎日、車に乗るたびに無意識に行っているシートベルトを締める動作。その裏には、航空機の技術を陸に応用したエンジニアの知恵と、命を最優先に考えた企業の温かい思いやりが隠されています。次に車に乗るときは、シートベルトを引き出しながら、少しだけニルス・ボーリンの功績を思い浮かべてみてください。きっと、いつものドライブがほんの少しだけドラマチックに感じられるはずです。
今日もシートベルトをしっかりと締めて、安全で素晴らしい一日をお過ごしください。